2013年7月5日金曜日

私の恋愛300円(石田)

一昨日は作家打ち合わせがありました。
議題は来週末から始まる通し稽古について。
ちなみに初回通し稽古は、お披露目と他作品とのバランスを見ることが目標です。

さて、6L工場は新宿駅西口にある、長居しても追い出されない某カフェで打ち合わせをすることが多いのですが、その新宿駅西口にずっと気になっている人がいます。

ある冬の日のことでした。飲み会の帰りに新宿駅西口を歩いていたら、若い女性が「私の恋愛300円」というプラカードを下げて立っていました。
その女性が視界に入った瞬間から、私の目は彼女に釘付けでした。
彼女の前を通り過ぎるまでの時間の、なんと長かったこと!
「私の恋愛」とは一体何なのか気になって仕方がありませんでしたが、終電が近かったので後ろ髪を引かれる思いで帰りました。
家に帰ってからも例の女性の残像が頭の中をぐるぐる回っていました。
三百円で買える「恋愛」とは一体何なのでしょうか。
デートしてくれる権利? 抱きしめてくれる権利? どちらも三百円じゃ安いのか高いのかよく分からないし、それでは援助交際と大して変わらないのでは?

翌日、昨晩のことを考えていたらどうにも気持ち悪くて仕方がなかったので、私はもう一度彼女に会いにあの場所へ行ってみました。

―いらっしゃいました。

ただし、私の記憶の中の女性ではなく、質素ですが整った顔立ちの中年の女性で、プラカードには「私の志集300円」と書かれていました。
記憶の中の女性がすり替わっていることに面食らいながらも、私はおそるおそる女性に話しかけて、三百円で志集を買いました。
帰りがけに、何か話さなくては、と焦って、唐突に「頑張ってください」と告げたら、「ありがとうございます」と深々と頭を下げられ、どうにも晴れない気持ちのまま家に帰りました。

どうやら、私の見た恋愛を売る若い女性は、一睡ならぬ一酔の夢でした。
それにしても、「恋愛」と「志集」を見間違えるなんて、とんでもない酔っ払いです。
最初の文字の下半分しか合っていません。
でも、あの日見た幻が、私はどうしても忘れられないのです。

なお、新宿駅西口の「私の志集」の女性は、二十年以上前から街頭で詩を売り続けている人で、知る人ぞ知る存在のようです。
新宿の雑踏の中でもその佇まいは気品高く、アングラ演劇のスター女優のような、圧倒的な存在感すら感じさせます。

新宿駅西口地下(2008)※写真と本文は関係ありません

せきでんどうし

1 件のコメント:

  1. 旦那が書いて、嫁が売ってるんじゃなかったっけ。
    で、その嫁も既に三代目とか。
    ガセか。

    返信削除